庭JAPANからお知らせ 「庭結 NIWAYUI」 -大震災後の庭の仕事の仕組みつくり-

2013/09/09

2011年3月11日、日本を大地震が襲いました。津波が家々をなぎ倒し、多くの人々の尊い命が犠牲になりました。「庭師がやるべきことが何かあるんじゃないか」と東日本大震災復興支援プロジェクト庭JAPANを起ち上げ被災地に向かい、無茶苦茶に破壊された、無茶苦茶に引き裂かれた世界を目撃しました。そこにいる人々があの時の話をするのを聞きました。何も出来ないのかと思いました。ヘドロを掻き出した後のその土地に芽が出、皆が明日の話をしだし、庭師の「やるべきこと」が生まれました。
誰もが「こんな時に庭の仕事ができるのか?」と思っていた時に、「庭の原点」が生まれていたのです。
庭は何かと何かを繋ぐもの。
全てがうまく繋がっているように見えている世界の中で「何かと何かを繋ぐもの」の重要性はあまり見えてきません。

でも私たちは確かにあの震災で、庭の重要性を確認したのです。

この度の庭JAPANプロジェクト「庭結 NIWAYUI」では、そんな「何かと何かを繋ぐもの」であり、物事が始まる「原点」である庭にかかわる仕事をしている私たちが、「共にはないが、たがいの約束にもとづいて共に事を行う」という「ゆい」において庭に関わる者同士が「たがいの約束にもとづいて共に事を行う」繋がりをつくっていくために立ち上げたプロジェクトです。
結の一、となる今回は大阪から長野県の野尻湖近くに移住し、茅葺き屋根の家で生活を送る庭師一家の「茅葺き屋根をふきかえよう」です。
まさに「結」の原点となる、人の生活を守る「 屋根 」を自然から調達したカヤを使い庭師がすでに身につけている能力で葺き替えれる、始まりの名に恥じない「共に事を行う」行為になると思います。
今回は、天窓のように青空が見える状態になっている屋根の一部を葺き替え、地域の萱場からカヤを刈り取ってくる一連の葺き替え作業をします。
夜は一晩中「大震災後の庭の仕事の仕組みつくり」や「庭によって結われるということ」などについて語りつくしたいと思っております。

結とは:

田植え、屋根葺きなど一時に多大な労力を要する際におこなう共同労働の形態のことであり「もやい」と称されることもあるが、厳密には「もやい」が「共にあるものが共に事を行う、あるいは共にもつ」に対し、「ゆい」は「共にはないが、たがいの約束にもとづいて共に事を行う」ものであり、歴史的には「ゆひもやとはで、早苗とりてん」の歌がすでに鎌倉時代にみられるところから、中世もしくはそれ以前にさかのぼる民俗であったと推定される。ここにおける「やとう(ふ)」は「家問う(ふ)」が原義と考えられ、頼むべき家々をまわって労力の共同を申し入れ、それによって助けられれば自分の家もそれに応じて返すことを前提としていた。それに対し、「もやい」には、たがいに労力を貸し借りする観念はなかった。

[ 結の一 ]

茅葺き屋根をふきかえよう
茅葺き屋根とは:

草で葺かれた屋根の総称です。狭い意味には最もよく使われるすすきで葺かれた屋根を指します。
このような茅葺きの屋根は古くから北海道、沖縄まで住宅に限らず社寺等のあらゆる建物に用いられてきました。古代の住居(倉)の形式を伝えるといわれる伊勢神宮の屋根も茅で葺かれています。
結を行う日時  2013年10月12日 土曜日 13:00から

13日 日曜日 終日

14日 月曜日 12:00まで

参加費     25,000円(宿泊、昼夜ごはん代含む)

申込み先    庭JAPAN本部

☎ 0586-82-6582

Fax 0586-82-6583(24時間)

info@m28e-tsukuru.jp

http://niwajapan.blog.shinob.jp

愛知県一宮市木曽川町黒田字宝光寺5番地2

庭JAPANから『「とうほくこよみのよぶね」を海へ浮かべる』の報告

2013/03/19
「とうほくこよみのよぶね」
凄まじい風だった。
釜石市の平田漁港に土煙が舞っていた。
庭JAPANは第二回目の「こよみのよぶね」から水面に時を表すこよみ行灯を浮かべるお手伝いをしてきました。雪が降る時も、雨の中でも、どんなに寒さが厳しいときでも「こよみのよぶね」を水の上に浮かべてきました。
3月10日、釜石の土煙は竜巻のように目に見える形で暴れ始めた。設営を担当する庭JAPANは意見を求められ「厳しいです」と答えた。
その後、こよみのよぶねを想像し、作り、現した日比野克彦氏が現地に到着し考えた上「やれるとこまでやろう」と言った。
3月11日、二年目の慰霊祭の海は荒れていた。
「とうとう一度も水面に慰霊の灯りを浮かべることが出来ないのか」と脱力感を感じた。大槌の漁港近く壊滅的な被害をうけた地域にある小学校跡地での「とうほくのこよみのよぶね」となった。陸地にこよみのよぶねの形を結んでいった。
そこは、桜の下。まだ咲かぬ桜の下。
桜の下にこよみのよぶねは立ち上がり、灯りをともした。
最後には人々がこよみのよぶねを担ぎ上げ、桜の下で練り流れた。
大槌町は現在高台移転を進めており、小学校跡地も嵩上げし、新たな平地とする計画です。
こよみのよぶねを見守った桜は切り倒されるそうです。
「どうやったらこの桜たちを救えるの?」
答えれませんでした。
延々と続く東北の沿岸部で同じ問題が起きています。
出切るコトなら救いたい。
関わったその地のコトだけでも何とかしたい。
いつも思います。
最後は「やれるとこまでやろう」という意思の力でしかない気がします。
みらいをうえる
                                                     平成25年3月15日 庭JAPAN 古川乾提

庭JAPANから「陸前高田未来商店街みらいの庭つくりプロジェクト」の報告

2013/03/16
  「陸前高田未来商店街のみらいの庭つくりプロジェクト」
木を植える重みをこれほど感じたことはない。
苗木を三本植えるのに三時間以上もかかってしまった。こんな経験は初めてだ。多分修行中でもこんなに時間はかからなかったんやないかな。
石巻市で庭JAPANが活動していた時に未来商店街の事務局の種坂さんから電話がきた。そして実際、現地を見にいけたのが一年目の慰霊祭の後だった。まだ陸前高田未来商店街は混沌としており、とても自分たちが入れる感じはしなかった。それからまた一年が経ち、やっと庭JAPANとして関われる、そう感じた。
昨年陸前高田市を訪れた時感じた「この地は完膚無きまでに叩かれてしまった」という思いは一年経った今も変わらなかった。むしろ津波という記憶が薄れてきている否被災地である場に住む自分たち、が感じた震災一年後から二年目を迎えた時間感覚をぶちのめした。
唯一新たな兆しとして立ち上がったのは「新たな奇跡の一本松」。
晩年のマイケルジャクソンのようなその松は異様な姿で街を見下ろしていた。
そんな地の津波が襲ったエリアに庭をつくる。木を植える。
自分たちが日々当たり前の様にしている行為がこんな重みを持っているとは思はなかった。
被災地に住んでいる人々は日々それを感じているのだろう。
分かってもらえないに違いないという思いを噛み締めているのだろう。
それでも時は過ぎ、地は受け入れ、木が植えられるまでになった。
あらためて感じた。木は未来だ。
植えられた木を見て
「いつ葉が出るの?」「いつ花が咲くの?」「来年はどのくらい大きくなってるの?」「五年後に私たちがこの仮設商店街を出て行く時はこの木たちはどうなってしまうの?」
様々な未来の話が出た。
東北の沿岸部に今溢れているのは仮設による生活です。
それは仮の住まいであって、法によって時間が切られています。
その人たちがいよいよ終の住処にたどり着ける時、庭JAPANはその人たちが愛し育てたこの木たちを永住の地に移し植えるお手伝いをしたいと思います。
長期の活動になってしまいますが、被災地の人々が本当に自分達らしい生活を送れるようになるまで活動します。
                                                 平成25年3月15日 庭JAPAN 古川乾提
庭人の輪のロゴ&バナー
庭に関わる人たちで構成される災害支援連絡会「庭人の輪」
企画書のテンプレート

「庭人の輪」に掲載希望の企画をお持ちの方は下記リンクより企画書雛形(WORDファイル)をダウンロードして記入の上、GREENSPACEの辰己までお送りください。
>>企画書雛形をダウンロード
※うまくダウンロードできないときは右クリックから保存してください。

報告書のテンプレート

「庭人の輪」に企画を掲載した方は、できるだけ報告をお願い致します。明日への事例集になります。下記リンクより企画書雛形(WORDファイル)をダウンロードして記入の上、GREENSPACEの辰己までお送りください。
>>企画書雛形をダウンロード
※うまくダウンロードできないときは右クリックから保存してください。